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「ぼくはアフリカにすむキリンといいます」はこうやって生まれた !  その3

「ぼくはアフリカにすむキリンといいます」はこうやって生まれた ! その1 はこちらです→スペシャルインタビュー1

special interview ♥ 岩佐めぐみ 3

 

―ご自分で絵を描いてみようとは思わなかったのですか?

アフリカのサバンナの絵を描いてみたことがあります。
でも、キリンのお話のイメージと違うのです。
じゃあ、どんなイメージかといえば、それもわかりません。絵も中断しました。

そんなある日、夫が息子たちに一冊の絵本を買いました。
『おとうさんのえほん』(絵本館刊)です。
見たとき、心が躍りました。
「こういう絵だ!」
神様からGOが出た時には、この絵をマネしようと。(笑)

―求めていたイメージの絵に出会えたのですね。

作者は高畠純さんという方。
キリンのお話にピッタリの絵を描く人として、私の中にインプットされました。
私も息子たちも高畠純さんのファンになり、本屋さんでも図書館でも高畠純さんの本があると手に取りました。

キリンのお話を思い出す時、高畠純さんの絵が浮かぶようになりました。
けれど相変わらず神様からのGOサインは出ないまま、月日は流れました。

神様からのGOサイン、なかなか出ないので、私の方がやきもきしてしまいます。(笑)

しだいに、キリンのお話は書かずに終わるかもしれないと考えるようになりました。
神様の御心でないなら書く意味はないし、そもそも夢を見たからといって、
書くことを学んだわけでもない私に力があるわけでもありません。

―あきらめそうになったのですか?

そうですね。
あきらめモードにはいったところで転機がきました。

―転機! いよいよ!?

1998~1999年、それは私にとって様々な面で試練の時でした。
出口が見えなくて、もがいていました。

もがき疲れたのか、ある日「この状況を受け入れればいいんだ」と思えたんです。
そして「今できることをしよう」と、ひらめいたのがキリンのお話でした。

久しぶりに神様に聞いてみました。
「神様。もしかして今ですか?」

―神様は答えてくれましたか?

声はきこえませんでした。(笑)
でも、神様が微笑んでいるように感じたんです。
顔が見えたわけではないですが、なんというか……全身で感じました。

―夢を見てから、13年?

はい。で、久しぶりにノートを出して、試しに子どもたちに読んでみました。

読み終えると「ねぇ、続きは?」と聞いてくるのです。
「続きはまだ書いてないの。頭の中にはあるんだけど。」
そう答えると、
「じゃあ、お母さん明日から書きなよ。」と。
GOサインに確信を得て「わかった! 明日から書くね!」と言いました。

―ご主人にヒントを頂き、息子さんに背中を押された。
この物語は、家族みんなの作品なんですね。

まさに、そのとおりです。
息子たちの言葉に勇気をもらい、続きを書きはじめてすぐ、彼らの小学校で朗読会がありました。

小学校の朗読会に参加した時のことです。

会が終わるとき、朗読の方が言いました。
「今日は特別なお客さんがいます」。
特別なお客さん? みんながキョロキョロと教室を見まわします。
そういえば親たちの席に見慣れない男性が座っていることに気づいてはいましたが……。

「高畠純さんです」
!!!!!!!
どうして!? なんで高畠純さんがここにいるの???

―岩佐さんにとってキリンのお話と切り離せなくなっていた高畠純さん、その御本人に出逢えたのですか!

朗読の方と高畠純さんは知り合いでした。高畠さんは前日に仕事で岐阜から東京に出てきたそうです。
「ひさしぶりにご飯でもどう?」と、電話をすると
「せっかくだけど明日は朝から仕事なので今日は遠慮します」
「なんの仕事?」
「小学校で朗読会」
「へえ、おもしろそう! 行ってみたい」

……ということでその日、岐阜に住む高畠純さんは、はるばる東京のはずれの小さな小学校にやってきたのでした。

―小学校の朗読会に高畠さんを連れて来られたのは、主の御業ですね。

興奮冷めやらぬ私は、サインを頂き、そのときポロッと「私もいまお話を書いているんです」と言ってしまいました。
「絵も描くんですか?」
「はい、美大だったんです」
「それはいいですね、がんばってください」

子どもたちがサインを喜んだのはもちろんのこと、高畠純さんにお礼の手紙を書いて送りました。

―高畠さんとの出逢い。素晴らしい神様からのプレゼントでしたね。

数か月後、思いがけなく高畠純さんから個展の案内が届きました。家族で銀座のギャラリーに出かけました。
私のことを思い出してもらえる自信もなかったのですが、高畠さんに「お話どうなりました?」と聞かれ、びっくりするやら恥ずかしいやら。

実は、またまたお話はストップしていて、書きかけになっていたのです。
でも、その個展で再び心を燃やされ「どのようにして作家になったのですか?」と高畠さんに手紙で質問しました。

すると丁寧なお返事がきて、その中に「すぐに出版という確率は少ないですが、
ぼくにも何かアドバイスができるかもしれません。
途中まででもいいので良かったら送ってください。」とありました。

―岩佐さんの情熱が伝わったのですね。

うれしくて、私はお話を最後まで書き終えて送りました。

しばらくして届いたお返事には「どこかの出版社の人に見せてもいいですか」、
「これが形になるときにはぼくに絵を描かせてもらえませんか」とありました。
ほんとうに、夢のようでした。

(高畠さんに許可を頂いて、実際のお手紙を掲載させて頂きました。)

それだけでなく翌年のカレンダーが同封されていて「8月のところを見てください」と。
それはキリンが手紙を加え、ペンギンに差し出しているイラスト!
お話のまんまでした。
このカレンダーは私が高畠さんに原稿を送る前に、すでにできあがっていたのですから私も高畠さんも本当にビックリでした!

原稿は出版社に渡り、2001年、本が完成しました。
私が高畠さんの絵をマネする必要もなく(笑)、あこがれの高畠純さん御本人が自ら絵を描いてくださいました。
題名は「ペンギンのまねをするキリン」から「ぼくはアフリカにすむキリンといいます」に変わりましたが、夢で見たことが本当になったのです。

 いま全部で7冊の本が出ています。そのうちの1冊は唯一自分で絵を描いている御言葉の本です。
(『空の鳥を見なさい』わんしーぷ刊)

(高畠さんが製作しているカレンダー。8月は、キリンが手紙を加え、ペンギンに差し出しているシーンです!)

インタビュアー 荒木 徳之 (祈りの家出版 代表)

 

第3話おしまい

次回は、「ぼくはアフリカにすむキリンといいます」がいよいよ世界に向けて飛び出していきます。

お楽しみに

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